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ギターとベースとVOCALOIDのつれづれづれづれ
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 念願叶って、東北でのボランティア活動が実現しました。今回は、津波で甚大な被害を受けた陸前高田での活動となりました。バスでの団体行動のため、写真を撮影する時間があまりありませんでした。

 陸前高田ボランティアセンター。ボランティアの統括と、多少の装備を貸してくれます。


 ボランティアセンターのお地蔵さん。ボランティアの方が作って送ってくれたそうです。


 どのような依頼が来ているかが掲出されています。ボランティアコーディネーターが割り振りを行います。


 とても役に立つホワイトボード。前日の状況、けが人の有無、注意事項など。


 応援メッセージ。




 私たちの活動場所。個人の畑です。写真の左奥に進むと湾があります。
 依頼主のおばあちゃんの話によると、ここにも津波が押し寄せ、私が立っていた場所より高いところまで海水に浸かったということです。
 ここは以前にもボランティアが片付けを行っていた場所で、私たちはその作業を引き継ぐ形となりました。


 前の写真の奥の方から左を見たところ。奥に湾。立ち枯れの木が海水の高さを語っています。


 畑に積まれた瓦礫を片付けていると、大きなカブトムシの幼虫が大量に現れました。山に返しましたが、どれくらい生き残れるのやら。でも、自然は確実に命を繋ごうとしていることを感じる一場面でした。

 バスの車窓から、市営住宅。テレビでも放映されましたが、5階も浸水しています。


 大船渡線の踏切だった場所。


 陸前高田市役所。今は津波で壊された車が集められています。奥に見えるスーパーマーケット「マイヤ」は、内陸側に仮設店舗を建てて営業しています。


 陸前高田駅に降り立つことができました。
 駅舎があった場所から、県立病院。


 陸前高田駅ホームから、気仙沼・一ノ関方面。


 反対方向、盛(さかり)方面。陸前高田駅は線路が2本ありましたが、手前側しか残っていませんでした。


 おばあちゃんは、何十人もいる私たちに、コーヒーと手作りのおにぎりをご馳走してくれました。近隣のおじいちゃんは水道を貸してくれました。道路脇の仮設店舗群には、全国の皆さんありがとう、私たちは元気です、と看板が出ていました。
 衝撃的な光景に、ほとんどの人が希望を見失うのでないかと思います。でも、現地は着実に前に進んでいました。きっと長い時間が掛かると思います。その手伝いをするボランティアも、息の長い活動をしなければならないと思いました。今後も機会を見つけて、活動していきたいと思います。

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