ギターとベースとVOCALOIDのつれづれづれづれ
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
PR
ゆうべ、歳を取りました。色んな人から祝いのメッセージをもらいまして、ほんと、ありがとうございます。親からも、友達からも。小学校からの友人がメールをくれたのは、嬉しかったな。
いつまで生きられるか分かりませんが、ここを人生の折り返し地点としましょう。少なくとも、方向は変えないといけない。
振り返れば、うまく生きられない十代の頃は、自殺の二文字がちらつくような日々もありました。が、生きていて良かったなと。とりあえず、そう思えるようになったことを喜ぼうと思います。それは他人から見れば楽観的すぎることかもしれませんが。
年輪どころか重ねるのは恥と脂肪ばかりのような気がしますが、それなりに目標もありますし、達成に向けて努力する所存です。
まあ、精々一人でケーキでも頬張って、喉に詰まらせようと思います。でっかいの、買って帰ろ。
いつまで生きられるか分かりませんが、ここを人生の折り返し地点としましょう。少なくとも、方向は変えないといけない。
振り返れば、うまく生きられない十代の頃は、自殺の二文字がちらつくような日々もありました。が、生きていて良かったなと。とりあえず、そう思えるようになったことを喜ぼうと思います。それは他人から見れば楽観的すぎることかもしれませんが。
年輪どころか重ねるのは恥と脂肪ばかりのような気がしますが、それなりに目標もありますし、達成に向けて努力する所存です。
まあ、精々一人でケーキでも頬張って、喉に詰まらせようと思います。でっかいの、買って帰ろ。
あなたは授業時間だと、全然手が進まないのよね。
課題を出しても本当に完成させられるのか心配になる。
だけどある時、ポンと完成品を出してくるのよね。
不思議ね。
中学生の時は何故か美術部で、あまり好きではなかった顧問(=美術の先生)に言われた言葉がこれです。作品は高評価を頂いたので、褒め言葉として受け取っておくとします。
ちょっと悔しいですが、社会人になってもここは変わっていません。完全じゃないものを人に見せるという行為に、気恥ずかしさ以上のもの…嫌悪感を持っています。何かプロジェクトを進めるにあたって、それは障害でしかないわけですが。
やっぱりアレです、チームプレイできないんですわ。
と言いつつ、趣味の方でもタッグ組んでやらせてもらっています。ありがたいことです。見ていないと思うけど、提出もうちょっと待ってください>某氏
それはそうと、蚊が発生しています。どうもアカイエカという奴らしい。我が家に現れるほぼ唯一の害虫なのですが、まあ耳元をうろついて安眠を妨害してくれる憎い奴です。締切間近なのに、作業の能率もものすごく低下します。こう、視界の隅で何かが動くと蚊としか思えなかったり、手足にむずがゆい所があると蚊だと思ってひっぱたく始末です。軽く病気かもしれません。爆発しろ。
お返事お返事。
・今日は卑屈Pのブログからさん
> sm14100039に掲載おめでとうございます。これですっかり有名Pの仲間入りですね。
聴いてみたけど知らない人ばっかりでした。意外なほど大御所が入っていませんし、どういう選定基準なんだろう。とはいえ、字数合わせでも入れてもらえたことは光栄です。だってミクに名前を呼んでもらえるなんて、ゾクゾクするじゃないですか。
・rokiさん
> 朝はちゃんと食べたほうがいいですよ!一日の代謝がよくなりますので、とテレビでいうてました
私も朝は欠かさないつもりだったのですが、悪い意味で一人暮らしに慣れたということの表れなのでしょう。夕方出勤の日は昼に起きることもザラなので、生活リズムを整えるためにも3食きちんと摂るべきなんですよねー。
そうだ。そんなこと言うくらいなら、嫁になってごはん作ってくれればいいんですよ。作ってくれませんか?
課題を出しても本当に完成させられるのか心配になる。
だけどある時、ポンと完成品を出してくるのよね。
不思議ね。
中学生の時は何故か美術部で、あまり好きではなかった顧問(=美術の先生)に言われた言葉がこれです。作品は高評価を頂いたので、褒め言葉として受け取っておくとします。
ちょっと悔しいですが、社会人になってもここは変わっていません。完全じゃないものを人に見せるという行為に、気恥ずかしさ以上のもの…嫌悪感を持っています。何かプロジェクトを進めるにあたって、それは障害でしかないわけですが。
やっぱりアレです、チームプレイできないんですわ。
と言いつつ、趣味の方でもタッグ組んでやらせてもらっています。ありがたいことです。見ていないと思うけど、提出もうちょっと待ってください>某氏
それはそうと、蚊が発生しています。どうもアカイエカという奴らしい。我が家に現れるほぼ唯一の害虫なのですが、まあ耳元をうろついて安眠を妨害してくれる憎い奴です。締切間近なのに、作業の能率もものすごく低下します。こう、視界の隅で何かが動くと蚊としか思えなかったり、手足にむずがゆい所があると蚊だと思ってひっぱたく始末です。軽く病気かもしれません。爆発しろ。
お返事お返事。
・今日は卑屈Pのブログからさん
> sm14100039に掲載おめでとうございます。これですっかり有名Pの仲間入りですね。
聴いてみたけど知らない人ばっかりでした。意外なほど大御所が入っていませんし、どういう選定基準なんだろう。とはいえ、字数合わせでも入れてもらえたことは光栄です。だってミクに名前を呼んでもらえるなんて、ゾクゾクするじゃないですか。
・rokiさん
> 朝はちゃんと食べたほうがいいですよ!一日の代謝がよくなりますので、とテレビでいうてました
私も朝は欠かさないつもりだったのですが、悪い意味で一人暮らしに慣れたということの表れなのでしょう。夕方出勤の日は昼に起きることもザラなので、生活リズムを整えるためにも3食きちんと摂るべきなんですよねー。
そうだ。そんなこと言うくらいなら、嫁になってごはん作ってくれればいいんですよ。作ってくれませんか?
4日は岸根公園に行って来ました。うちからだと公共交通機関では行きづらい場所にあるので、自転車でえっちらおっちら20数分。暖かくて桜も咲き始め、やっと春らしい景色を見ることが出来ました。




全部携帯電話カメラで撮影。今度はK-xを持っていきたいです。
岸根公園に行ったのは、遊びに行ったわけではなく。

武道をやるわけでもなく。
地震の後、様々な事情で県外から避難された方がこの武道館にも来ているので、災害ボランティアとして手伝いをするためなのでした。
武道館の畳の上に段ボールで仕切を組み、各世帯が身を寄せていました。既に退去された方もいらっしゃり、私も退去するところに立ち会うことが出来ましたが、お子さんの学校など悩みは尽きない様子。そんなこともあって世帯数は少ないのですが、プライバシーなんて無い状態ですし、とても快適とは言い難い空間でした。昼間は住宅の申し込みなどで外出されている方が多く、ガラガラの武道館の中を子供達が駆け回っているのが唯一の救いでした。
とりあえず整頓から始めましたが、新聞の置き方ひとつ取っても既にローカルルールができあがっている様子で、勝手に片付けるわけにもいきません。どこまで立ち入って良いのかという境界を探るのに、非常に神経を使いました。ボランティアコーディネーターの方々も手探りだったようで、指示を待っていては時間を無駄に過ごすことになってしまいますし、ボランティアから提案をしてはコーディネーターの判断を仰ぐ、という繰り返しで何となく作業が見えてきました。
午後からはようやく力仕事が回ってきて、支援物資を運び出す作業に追われました。何となく仕事をした気分になってみる。
今日のように仕事がある状態なら良いのですが、今後、武道館に身を寄せる人は更に減るのではないかと予想されます。その時にボランティアがダブついたりしていては邪魔です。果たしてどうなることやら。
それに、災害ボランティアは避難されている方々の要望を汲んでこそだと思っていましたが、我々から接触することは控えるよう釘を刺されました。入れ替わり立ち替わりのボランティアに同じ質問をされては疲れてしまうというのは分かります。しかし、ではコーディネーターやさらに上の人々がちゃんと要望を聞いているかというと、聞いていれば今日のような状態にはならないよね、という答えに行き着くわけで、その辺どうなっているんだろうなーと疑問は残りました。その時にならないと分からないことが多い、というのが最大のネックですが、ある程度先読みできないのかなとか、どうにも会社にいる時と同じ感覚になりがちです。手持ち無沙汰にしている姿を見せるのもどうかと思いますし。
その要因の一つが、現場にいる我々一般人の感覚とそれを司る機関のお役所的感覚との、ギャップなんじゃないかなぁと思うのです。
夕方、そんな事を思いながら家に帰り、前の晩から仕込んでおいたブツを開封。

超大粒、手作り納豆にござります。蒸した大豆に市販の納豆を混ぜて作りました。「種」の納豆がかなり見えますね。B.ナットーがかもしてくれました(もやしもん知識)。豆が固かったのと発酵が控えめだったようで、納豆の風味はしつつも基本は大豆。でもちゃんと糸を引いて納豆になってくれました。心配していた雑菌も今のところ無し。コツは掴んだので、次はもっと手を抜きつつ美味しくしたいです。
ボランティアもまた行くことが決まっていますので、色んな人と連携しながら、今回よりはうまくやりたいですね。
全部携帯電話カメラで撮影。今度はK-xを持っていきたいです。
岸根公園に行ったのは、遊びに行ったわけではなく。
武道をやるわけでもなく。
地震の後、様々な事情で県外から避難された方がこの武道館にも来ているので、災害ボランティアとして手伝いをするためなのでした。
武道館の畳の上に段ボールで仕切を組み、各世帯が身を寄せていました。既に退去された方もいらっしゃり、私も退去するところに立ち会うことが出来ましたが、お子さんの学校など悩みは尽きない様子。そんなこともあって世帯数は少ないのですが、プライバシーなんて無い状態ですし、とても快適とは言い難い空間でした。昼間は住宅の申し込みなどで外出されている方が多く、ガラガラの武道館の中を子供達が駆け回っているのが唯一の救いでした。
とりあえず整頓から始めましたが、新聞の置き方ひとつ取っても既にローカルルールができあがっている様子で、勝手に片付けるわけにもいきません。どこまで立ち入って良いのかという境界を探るのに、非常に神経を使いました。ボランティアコーディネーターの方々も手探りだったようで、指示を待っていては時間を無駄に過ごすことになってしまいますし、ボランティアから提案をしてはコーディネーターの判断を仰ぐ、という繰り返しで何となく作業が見えてきました。
午後からはようやく力仕事が回ってきて、支援物資を運び出す作業に追われました。何となく仕事をした気分になってみる。
今日のように仕事がある状態なら良いのですが、今後、武道館に身を寄せる人は更に減るのではないかと予想されます。その時にボランティアがダブついたりしていては邪魔です。果たしてどうなることやら。
それに、災害ボランティアは避難されている方々の要望を汲んでこそだと思っていましたが、我々から接触することは控えるよう釘を刺されました。入れ替わり立ち替わりのボランティアに同じ質問をされては疲れてしまうというのは分かります。しかし、ではコーディネーターやさらに上の人々がちゃんと要望を聞いているかというと、聞いていれば今日のような状態にはならないよね、という答えに行き着くわけで、その辺どうなっているんだろうなーと疑問は残りました。その時にならないと分からないことが多い、というのが最大のネックですが、ある程度先読みできないのかなとか、どうにも会社にいる時と同じ感覚になりがちです。手持ち無沙汰にしている姿を見せるのもどうかと思いますし。
その要因の一つが、現場にいる我々一般人の感覚とそれを司る機関のお役所的感覚との、ギャップなんじゃないかなぁと思うのです。
夕方、そんな事を思いながら家に帰り、前の晩から仕込んでおいたブツを開封。
超大粒、手作り納豆にござります。蒸した大豆に市販の納豆を混ぜて作りました。「種」の納豆がかなり見えますね。B.ナットーがかもしてくれました(もやしもん知識)。豆が固かったのと発酵が控えめだったようで、納豆の風味はしつつも基本は大豆。でもちゃんと糸を引いて納豆になってくれました。心配していた雑菌も今のところ無し。コツは掴んだので、次はもっと手を抜きつつ美味しくしたいです。
ボランティアもまた行くことが決まっていますので、色んな人と連携しながら、今回よりはうまくやりたいですね。
震災のその日から、テレビはそうでしたけど。
「ここまでの状況をまとめました」と言って、同じ映像を何度繰り返し流してきたでしょうか。テレビ局の人は、あれだけショッキングな映像を見て、それを繰り返すことに抵抗感を抱かなかったのでしょうか。視聴者への心理的な負担が想像できなかったのでしょうか。
そして、それら厳しい映像に音楽やナレーションを付けて放映することに、疑問を抱かないのでしょうか。ドキュメントに仕立てて、扇情的な演出を付けて、それこそ人命への冒涜だと思いました。スタジオにいるタレントの涙もコメントも、何の意味もない。無価値どころかマイナスです。
私が知りたかったのはいつでも「今」であって。報道番組は今起こっていることを正確に伝え、今不足している情報を共有化し、今為すべき事を正しく考えさせる。そういう物を放映すべきでした。過去の映像を流して時間稼ぎをする暇など無かったはずです。そんなことをするくらいだったら、普段の番組やれよと。
今日だって、さっき(午前1時代)まで東京電力の記者会見をやっていました(Ustreamで中継)。福島原発周辺でプルトニウムが検出されたこと、海岸付近の地下通路に放射性物質を含んだ水があること等を副社長が明らかにしましたが、今後の計画は示されませんでした。「ただちに人体に影響はない」じゃあ長期的に見たらどうなのか。「それについては確認をします」つまり事態を把握していないか隠匿していて、かつ無策。わざわざこんな時間に会見を設ける東電の魂胆も見えますが、こうした重要なことをテレビで放映するべきなのです。
原発関係の重役さんは報道にも関わっているという噂は聞きますが、本当なのかも知れませんねー。
話が逸れちゃいましたが。
実際に現場に行かれている医療スタッフの方のブログを読みました。それこそ、地獄を見る思いだったことでしょう。文字を読むだけなのに、自分がその場にいたらと思うと寒気が走りました。
そういう方々に比べれば、私や、私と同様にテレビなどを通じて映像を見られた方のショックは、軽いものかもしれません。しかし、比べられる物でもないと思います。あの揺れは私だって初めての経験で恐怖を感じたし、繰り返されるのは正直しんどい。地震にまつわる忌まわしい記憶を呼び起こす、スイッチになってしまいます。阪神淡路大震災、新潟県中越地震・中越沖地震に遭われた方はなおのこと。
きのう、中学生の頃から聴いていたスピッツの草野さんが、地震の後にストレス障害になっていたという事を知りました。
たくさんの歌手が応援活動をする中で他のメンバーは無力感を滲ませていますが、それは草野さん本人が一番感じていることでしょう。一人一人感受性は違うし、防御できない人もいる。私は気分が悪くなった時点でテレビを見ることをやめましたが、草野さんは私とは違う経験をしているはずだし、防御できなかったのかもしれない。それを責められる人なんていやしません。
地震から2週間が過ぎた今、計画停電の影響こそあれ、私たちの生活も落ち着いてきたと思います。そうして元の生活に戻っていくうちに、現地で起こっていた事、現地の被災者の苦しみを、私たちは忘れていってしまうでしょう。忘れなきゃ前に進めない、それは事実。だけど、チャリティーが一瞬で終わってしまったら、全財産を失った被災者はどうして生活できましょう。寸断されていた道が繋がって物資が届いたらそれで良しじゃない。その道は、地震の前は、誰かの家だったかもしれない。そんな場所さえあることを、たとえひととき忘れても、どこかで思い出さなきゃいけない。
草野さんが復帰して東北を応援なさるなら、ぜひ、息の長い活動をして欲しいと思います。
●スピッツ および所属事務所代表 オフィシャルコメント
http://spitz.r-s.co.jp/pop/201103/official_comment.html
「ここまでの状況をまとめました」と言って、同じ映像を何度繰り返し流してきたでしょうか。テレビ局の人は、あれだけショッキングな映像を見て、それを繰り返すことに抵抗感を抱かなかったのでしょうか。視聴者への心理的な負担が想像できなかったのでしょうか。
そして、それら厳しい映像に音楽やナレーションを付けて放映することに、疑問を抱かないのでしょうか。ドキュメントに仕立てて、扇情的な演出を付けて、それこそ人命への冒涜だと思いました。スタジオにいるタレントの涙もコメントも、何の意味もない。無価値どころかマイナスです。
私が知りたかったのはいつでも「今」であって。報道番組は今起こっていることを正確に伝え、今不足している情報を共有化し、今為すべき事を正しく考えさせる。そういう物を放映すべきでした。過去の映像を流して時間稼ぎをする暇など無かったはずです。そんなことをするくらいだったら、普段の番組やれよと。
今日だって、さっき(午前1時代)まで東京電力の記者会見をやっていました(Ustreamで中継)。福島原発周辺でプルトニウムが検出されたこと、海岸付近の地下通路に放射性物質を含んだ水があること等を副社長が明らかにしましたが、今後の計画は示されませんでした。「ただちに人体に影響はない」じゃあ長期的に見たらどうなのか。「それについては確認をします」つまり事態を把握していないか隠匿していて、かつ無策。わざわざこんな時間に会見を設ける東電の魂胆も見えますが、こうした重要なことをテレビで放映するべきなのです。
原発関係の重役さんは報道にも関わっているという噂は聞きますが、本当なのかも知れませんねー。
話が逸れちゃいましたが。
実際に現場に行かれている医療スタッフの方のブログを読みました。それこそ、地獄を見る思いだったことでしょう。文字を読むだけなのに、自分がその場にいたらと思うと寒気が走りました。
そういう方々に比べれば、私や、私と同様にテレビなどを通じて映像を見られた方のショックは、軽いものかもしれません。しかし、比べられる物でもないと思います。あの揺れは私だって初めての経験で恐怖を感じたし、繰り返されるのは正直しんどい。地震にまつわる忌まわしい記憶を呼び起こす、スイッチになってしまいます。阪神淡路大震災、新潟県中越地震・中越沖地震に遭われた方はなおのこと。
きのう、中学生の頃から聴いていたスピッツの草野さんが、地震の後にストレス障害になっていたという事を知りました。
たくさんの歌手が応援活動をする中で他のメンバーは無力感を滲ませていますが、それは草野さん本人が一番感じていることでしょう。一人一人感受性は違うし、防御できない人もいる。私は気分が悪くなった時点でテレビを見ることをやめましたが、草野さんは私とは違う経験をしているはずだし、防御できなかったのかもしれない。それを責められる人なんていやしません。
地震から2週間が過ぎた今、計画停電の影響こそあれ、私たちの生活も落ち着いてきたと思います。そうして元の生活に戻っていくうちに、現地で起こっていた事、現地の被災者の苦しみを、私たちは忘れていってしまうでしょう。忘れなきゃ前に進めない、それは事実。だけど、チャリティーが一瞬で終わってしまったら、全財産を失った被災者はどうして生活できましょう。寸断されていた道が繋がって物資が届いたらそれで良しじゃない。その道は、地震の前は、誰かの家だったかもしれない。そんな場所さえあることを、たとえひととき忘れても、どこかで思い出さなきゃいけない。
草野さんが復帰して東北を応援なさるなら、ぜひ、息の長い活動をして欲しいと思います。
●スピッツ および所属事務所代表 オフィシャルコメント
http://spitz.r-s.co.jp/pop/201103/official_comment.html
食べたくなるのが人間というもの、とは言いませんが。
私はどうにもへそ曲がりで、ニュースなどで悪評が流れた食べ物を、わざわざ買っていくことが多いです。もちろん生産者自ら罪を犯した物は除きます。最近だとほうれん草や小松菜、遡るとBSE問題の時の牛肉まで。ちょうどBSE問題の頃がアルバイトをしていた頃だったので、地元の牛タン専門店でよく昼飯を食べていました。手頃で美味かったのに閑散としていたのを覚えています。
かんさん、で思い出した。
残念ながら菅さんのかいわれ大根パフォーマンスの頃は、そういう年齢に達していませんでしたので、親が買ってきて料理してくれた物を食べるだけの日々でした。あの頃は、若かった(当たり前)。
で、その食べ物を集中的に買おうというわけではなくて。ほうれん草を食べまくってシュウ酸が溜まって尿路結石とか、嫌すぎますし。めっちゃ痛そうですし。いつも通りに、一つの食材として冷静に買っていこうと。一消費者でしかない私にできることなんて、こんなものだろうなと思います。
ただ、結局のところ店が仕入れてくれなければ私も買えないわけで。漏れ聞こえてくる話だと、「福島原発からの距離に関係なく、福島県産というだけで仕入れ拒否」という所があるといいます。大方、そう言う態度を取っておきながら、人の目に触れる所には「被災地の一日も早い復興を願っております」と書かれているのでしょう。
そんな中ツイッターで目にした写真に、ちょっと心を揺さぶられました。千葉県のスーパーで掲げられた「福島県産、安全な産地より緊急入荷! 今、私たちに出来る応援です。」というPOPです。旭で津波の被害を受けたことも、店の意識に影響を与えていそうです。
政府からは出荷を自粛するよう通達を出した、という会見が放映されました。放射性物質は摂取しないに越したことはないし、正しい用心はするべきです。しかし、「直ちに人体に影響を与える数値ではない」と言っておきながら出荷自粛の通達というのは、ちょっと理解しにくいものだと思います。
少なくとも政府は「直ちに人体に影響を与える数値ではない」という、現段階での安全宣言を出しているわけで(今後の原発の状況次第ですから、当然「もう大丈夫です!」とは言い切らない)。私の価値観では。ほうれん草ばっかり1キロも2キロも一度に食べるわけじゃないし、仮に放射性物質が付いていても水洗いで落ちるというし、話題の放射性ヨウ素131は加熱すると揮発するし、食べてもいいんじゃないの。という結論に達します。
今後も放射線の測定は継続して行われるようですし、本当にヤバい数値が出たら発表があるでしょう。一般人が不買というアクションを起こすのは、それからでも遅くないのでは。
それより今は、東北を経済的に救うことが我々のやるべきことなんじゃないかなぁと思います。風評被害の防止も、大きな影響があると思います。そして、インターネットに馴染みのある我々の世代が、もっと上の世代へ伝えていくことも大切です。人によっては耳を貸すことすらしないかもしれませんが、それは、その人が耳を貸す立場の人に任せるしかないでしょう。
お返事お返事。
●らむださん
> 関西でさえ水などの買いだめに走る人がいます。おかしすぎます。
震災の経験をした所でも、そういう心理は働いてしまうようですね。一時的には仕方ないのかも知れません。むしろその状況をいかに早く脱却できるかが見せ所ですね。
ちなみに私の家から一番近い小型スーパーは、二週間経った現在もパンと牛乳がありません。一方少し足を伸ばして大型スーパーに行くと、若干ですが、ダブついている様子が見られます。困ったものです。
東京の水も、本当に必要な家庭には自治体からアクションがあったのに。浅ましいですね。
私はどうにもへそ曲がりで、ニュースなどで悪評が流れた食べ物を、わざわざ買っていくことが多いです。もちろん生産者自ら罪を犯した物は除きます。最近だとほうれん草や小松菜、遡るとBSE問題の時の牛肉まで。ちょうどBSE問題の頃がアルバイトをしていた頃だったので、地元の牛タン専門店でよく昼飯を食べていました。手頃で美味かったのに閑散としていたのを覚えています。
かんさん、で思い出した。
残念ながら菅さんのかいわれ大根パフォーマンスの頃は、そういう年齢に達していませんでしたので、親が買ってきて料理してくれた物を食べるだけの日々でした。あの頃は、若かった(当たり前)。
で、その食べ物を集中的に買おうというわけではなくて。ほうれん草を食べまくってシュウ酸が溜まって尿路結石とか、嫌すぎますし。めっちゃ痛そうですし。いつも通りに、一つの食材として冷静に買っていこうと。一消費者でしかない私にできることなんて、こんなものだろうなと思います。
ただ、結局のところ店が仕入れてくれなければ私も買えないわけで。漏れ聞こえてくる話だと、「福島原発からの距離に関係なく、福島県産というだけで仕入れ拒否」という所があるといいます。大方、そう言う態度を取っておきながら、人の目に触れる所には「被災地の一日も早い復興を願っております」と書かれているのでしょう。
そんな中ツイッターで目にした写真に、ちょっと心を揺さぶられました。千葉県のスーパーで掲げられた「福島県産、安全な産地より緊急入荷! 今、私たちに出来る応援です。」というPOPです。旭で津波の被害を受けたことも、店の意識に影響を与えていそうです。
政府からは出荷を自粛するよう通達を出した、という会見が放映されました。放射性物質は摂取しないに越したことはないし、正しい用心はするべきです。しかし、「直ちに人体に影響を与える数値ではない」と言っておきながら出荷自粛の通達というのは、ちょっと理解しにくいものだと思います。
少なくとも政府は「直ちに人体に影響を与える数値ではない」という、現段階での安全宣言を出しているわけで(今後の原発の状況次第ですから、当然「もう大丈夫です!」とは言い切らない)。私の価値観では。ほうれん草ばっかり1キロも2キロも一度に食べるわけじゃないし、仮に放射性物質が付いていても水洗いで落ちるというし、話題の放射性ヨウ素131は加熱すると揮発するし、食べてもいいんじゃないの。という結論に達します。
今後も放射線の測定は継続して行われるようですし、本当にヤバい数値が出たら発表があるでしょう。一般人が不買というアクションを起こすのは、それからでも遅くないのでは。
それより今は、東北を経済的に救うことが我々のやるべきことなんじゃないかなぁと思います。風評被害の防止も、大きな影響があると思います。そして、インターネットに馴染みのある我々の世代が、もっと上の世代へ伝えていくことも大切です。人によっては耳を貸すことすらしないかもしれませんが、それは、その人が耳を貸す立場の人に任せるしかないでしょう。
お返事お返事。
●らむださん
> 関西でさえ水などの買いだめに走る人がいます。おかしすぎます。
震災の経験をした所でも、そういう心理は働いてしまうようですね。一時的には仕方ないのかも知れません。むしろその状況をいかに早く脱却できるかが見せ所ですね。
ちなみに私の家から一番近い小型スーパーは、二週間経った現在もパンと牛乳がありません。一方少し足を伸ばして大型スーパーに行くと、若干ですが、ダブついている様子が見られます。困ったものです。
東京の水も、本当に必要な家庭には自治体からアクションがあったのに。浅ましいですね。